オルシペ - 物語- Folk Tales

登別市に残されているアイヌ民族の物語には、どのようなものがあるか

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アフンルパル

胆振国幌別郡幌別村 金成マツ伝承―

おれには、父さん母さん大きい兄さん小さい兄さんがあった。おれは末っ子で、みんなにかわいがられ、何不自由なく暮らして、今はあちらこちら走り使いにやられるほど大きくなった。
 ところが、父さんも、母さんも、兄さんたちも何の病気か、ほんの2、3日寝込んだかと思うと、ぽっくりと死んでしまって、おれはたちまちひとりぼっちになってしまった。村の人々はひとりぼっちのおれを何くれとなく慰めてくれ、何かうまいものがあれば一番先におれに届けてくれた。
 ところで、おれには叔父が一人あって、村の上手を支配していた。たいへんな長者だが、ひどく意地の悪い人で、恐ろしい欲張りだという評判だった。ただ一人の肉親の叔父だから、時々その家の戸口まで行ってみるのだが、振り向いてくれようともしなかった。対して近い親類でもない連中ですらあんなに親切に世話してくれているのだから、まして肉親の叔父とあれば、父さんや兄さんたちになりかわって、沖漁から山狩から舟掘り、網つくり、彫刻などについて、いろいろ教えてくれてもよさそうなものだが、何一つ教えてくれようともしなかった。
 その叔父が、ある日何と思ったか、にこにこしながらやって来て、俺を山狩に誘った。叔父のことだからどうせろくな考えではあるまいと心の中で神々に祈りながらついて行くと、ずっと山奥に大きな穴があった。叔父はあちこち見やって誰もいないのを確かめると、おれに向かってこう言った―
 「これ、わしのかわいい甥よ、おまえこの穴から先に入ってみなさい。わしもすぐに追っかけていくから・・・」
 後から追っかけて来るなんて、どうせ嘘に決まっていると思ったが、勇気を奮い起こしておれは穴の中へ入っていった。穴はどこまでも長く続いていて、おれの行く手が明るくなると後ろが暗くなり、後ろが明るくなると行く手が暗くなる、という状態を繰り返しながら見ていくと、突然思いもかけない美しい村に出た。
 見れば海は広々と凪ぎ渡っている。沖には弁財船が岩礁のように浮かんでいて、そこと岸辺の間を荷揚げの小舟が行ったり来たりしている。その岸辺にはおびただしい家数をもった村が展開していて、奥の家々は森の中に紛れ込み、前の家々は海にまでせり出してきている。村はずれに大きな川が白々と光っていて、何の魚であろうか、下方の群を川底の砂がこすり、上方の群を日光が焦がしている。村へ入ろうとする所に大きな土饅頭、小さな土饅頭が重なり合うように列をなして並んでいる。そのそばに男の墓標、女の墓標が林立している。奥の方から、若い男女が下りてきておれのそばを通るのに、ちっともおれの方を見ない。あらぬ方ばかり見て通る。時々、おれがまだ小さい頃、村で見たことのある病死した男や女が通りかかるのだけれども、やはりおれの方を見ずに、あらぬ方ばかり見て通り過ぎるのである。ただ犬だけは、おれに向かって猛烈に吠える。するとその連中は不思議そうな顔をする。
 海辺に黒々と人だかりがしているのでそこへ行ってみると、舟から荷物を揚げるのを大勢の人々が見物しているのであった。その連中の中に、思いもかけず、父さんや母さんがいた。昔よりずっと若く元気でにこにこしながら荷揚げするのを見ている。誰一人おれの方を見る者がない。父さん、母さんと言って飛びつきたいのをがまんして見ていると、今着いたばかりの荷揚げ舟の中から、思いもかけぬ兄さんたちが、これまたすこぶる若く元気な様子で上がってきた。おれのそばを通っても気づいた風もない。
 その間も犬どもは絶えずおれに吠えかけている。すると村の老人たちは戸口に出てきて、何かぶつぶつ言いながら灰をぱっぱとそこらへ撒き散らす。おれは不思議に思ってそれを見ていると、大きい兄さんがそばへ来て、あらぬ方を見ながら、こう言った―
 「これカンナモシル(上方の国)から来た小さい弟よ、よく聞いてくれ。この村はポクナモシル(下方の国)と言うところだ。上方の国で人が死ぬと、その肉体は墓穴の中に入れられ、そこで腐ってしまうけれどもラマッ(魂)というものは死なずにこの下方の国へ来てこのように働きながら楽しく暮らしているのだ。しかし上方の国で神の咎める悪行をした者は、男でも女でも死んでもこの下方の国で暮らすことができず、罰せられる場所へやられて罰せられ、ある者はカエル、ある者はマムシ、ある者はトカゲ、ある者は何か悪い鳥にされて、再び上方の国へ出されるのだ。上方の国から生きたままこの下方の国へ来ると、下方の国の人々にはその体が見えない。ただ犬だけがぼんやりそれを見ることができるのだ。それで先ほどから誰もおまえを見ようとしなかったのである。婆さんたちが灰を撒くのは、犬が吠えて眠れないからだ。上方の国で日が暮れると、下方の国では夜が明ける。上方の国で夜が明けると下方の国では日が暮れるのだ。おまえはここでほんの僅かの間見物しただけだと思うだろうが、実は10日以上もいるのだよ。
 我々がこのカムイコタン(神の国)に来てから振り返ってみると、父さんの弟であるあの叔父が、我が家に先祖代々伝わる家宝の金の玉6つの玉、銀の玉6つの玉に目をつけて、それが欲しいばかりに悪魔に願をかけて、我々を呪い殺したのだった。そしておまえをも殺そうと狙っていたのだが、村の人々が神々に祈って目を離さないので、その隙がない。そこでいろいろ考えたあげく、おまえを山狩に誘って、山の中のアフンルパルにおまえをだまして入らせたのである。
 アフンルパルという穴は、下方の国へ入る道をそう言うのである。死なずに生きたままでこの下方の国へ来た者は、上方の国へ戻ったとしても、長くは生きない。2、3日して死ぬ者もあり、2、3ヶ月して死ぬ者もあり、1年経って死ぬ者もある、とシンリッ ウパシクマ(先祖の言い伝え)にあるのを知っているものだから、それでおまえを騙してここへよこしたのだ。そして自分は家へ帰って、おまえが帰ってくるかどうか様子をうかがっていたのだが、村の人々はおまえが急にいなくなったので、叔父の所へ押しかけて、
 「村の中央のおれたちが奉仕している少年をどうした?殺したのならその死体をどこへやった?」 と、今日で10日あまり、毎日休まずに責め立てている。最初はおまえが帰ってこないのを内心喜んでいたのだが、今は勝手に家宝の金銀の玉を盗むこともならず、おまけに毎日毎日暇なく責め立てられるので、ゆっくり食事することもできない有様だ。
 おまえはもう、カンナモシリ ウレシパモシリ(上方の国生まれ育った国)に戻りなさい。生きながら下方の国へ来た者は、上方の国へ戻っても、運が悪くてすぐ死ぬということになってはいるけれども、誰か身代わりの者を寄こせば、本人はかえって栄えて、人一倍長生きするということになっている。おまえは上方の国へ帰ったらすぐ叔父の所へ行って、下の国の美しいこと楽しいことを話し、おれたちが待っているからと告げて、何とか叔父をだまして下方の国へ来るようにしなさい。」
 そこで、おれは再び犬どもに吠えられながらアフンルパルの所へ来て、そこから前のようにおれの行く手が明るくなると背後が暗くなり、背後が明るくなると行く手が暗くなる、という状態を繰り返しながら、とうとう穴を走り抜けておれの村へ帰ってきた。

―この話はまだだいぶ長く続く。これから、この少年が叔父の家へ行って、村の人々に責め立てられている叔父を騙して、自分の身代わりにアフンルパルからあの世へ送り出してやり、その後で美しい女を娶って、亡き父の後を継いでウラシペッ村の酋長になり、村とともに栄え行く顛末が、散文物語特有のだらだらとした調子で語られていくのである。

万年筆

知里真志保・山田秀三 1956「あの世の入口-いわゆる地獄穴について-」『北方文化研究報告』第11輯 北海道大学北方文化研究室を一部改

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フンペサパ
Pipa yaieyukar“Tonupeka ranran”

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